院生の穴蔵

院生の穴蔵。哲学/倫理学セミナー http://pe-seminar.hp.infoseek.co.jp/

2008-07

回顧と展望2007・肆

 十二月の中旬からお送りしてきた回顧と展望2007、第四回目の今回が最終回です。昨年と同じく、一年の終わりは「おくやみ」の巻で締めくくりたいと思います。

 今年はこのブログでも訃報を書く機会が数多くありました。川原栄峰、古田光、今村仁司、小阪修平といった、アカデミズムの内外でも名を知られていた方々が鬼籍に入られ、海外からはボードリヤール、ローティーといった現代哲学の名プレイヤーたちの訃報も飛び込んできました。このブログではお伝えできませんでしたが、東京都立大名誉教授で、現象学を中心に幅広いお仕事のある田島節夫先生も今年お亡くなりになりましたし(10/15)、またなにより、「ベトナム戦争と並ぶ、大戦後最大級に泥沼の戦い」との呼び声高い、池田晶子氏の訃報をめぐる応酬もありました。そうした暮れゆく年の最後に取り上げたいのは、今年の秋に発売された次の論文集の著者であります。

 宇都宮芳明著『人間の哲学の再生にむけて 相互主体性の哲学』 世界思想社

 浩瀚な研究書『カントと神』や、以文社の三批判書の翻訳などの業績で知られる、「「人間の間」の「倫理」を標榜する体系的倫理学者」(和辻哲郎『倫理学(四)』解説での熊野純彦氏の評)、宇都宮芳明先生の論文集です。宇都宮先生は、本書末尾の〔筆者紹介〕にあるように、本年永眠されました。第一の主著『哲学の視座』に続く、第二の主要な論文集である本書では、ソクラテス、ハイデガーとレーヴィット、そしてカントやフォイエルバッハ、フッサール、サルトルなど、テーマに応じた様々な思想家たちの言説を検討しながら、「私とはなにか」という問いと、それと不離の関係にある「他者とは何か」という問いの交差する地点において「人間とは何か」という哲学の中心的な課題を問い、それぞれ置き換え不可能な不二なる「自己」と「他者」が応えあう「行為」の場面に、そのあるべき姿を見出します。なお宇都宮先生の詳しい来歴やお人柄につきましては、宇都宮先生の北海道大学退官記念の論集でもある宇都宮芳明・熊野純彦・新田孝彦編『カント哲学のコンテクスト』(北海道大学図書刊行会)の末尾に寄せられた、宇都宮先生の跡を継がれた新田孝彦氏による「あとがき」を参照ください。

 実は宇都宮先生がお亡くなりになったことは、さる筋から、九月ごろに耳にしていました。ただ、葬儀をおこなわないなど、故人があまり公にすることをよしとしていなかったであろうこと、そしてネットなどでも訃報等、宇都宮先生の逝去に言及しているものが見当たらないこと、などなどの事情があり、訃報の記事を書いたりすることは控えていました。ただ、本書を取り上げるとなると、著者の逝去に言及しないのは不自然でもあり、今年の最後に、そのご冥福をお祈りする意味も込めて、ここにご紹介いたします。関係者の方からみて、何か不都合な点などございましたら、しかるべき処置を取らせていただきますので、何なりとご指摘くださいませ。

 さて本書ですが、やはり最後に(今村氏のように、まだこれから作品が出たりするのかもしれませんけど)こういうきっちりした論文集を出して仕事を整理してから世を去る、というのは、お見事というよりほかないように思う。正直なところ、去年の暮れに紹介した『カントの啓蒙精神』を読んだときには、ちょっとがっかりしていました。記事に書いたとおり、カント解釈としては学ぶことは多々あったものの(これだけでも普通の本なら十分なのですけど)、どうもそれ以上に突き抜けたものが感じられず、「宇都宮先生も単なるカント学者になられてしまったのかな」などと、生意気盛りの若造ですから、自分はカント学者にすらなれていないのに、まあ思ったりしていたわけです。今から思うと『カントと啓蒙の精神』も、あるいは死期を悟られて、カントがらみの講演や論考等のお仕事をまとめようとしたものなのかもしれませんが、ともかく、『カントの啓蒙精神』より発表時期の早い論考が大部分を占めるものの、この『人間の哲学の再生にむけて』は、そうしたもやもやを晴らしてくれました。
 
 発表時期の大きく異なる論考を集めた論文集ではあるのですが、内的な連関がかなりしっかりしており、また論述も非常にクリアなので、本書の議論の大枠だけ、紹介しておきたいと思います。宇都宮先生の議論の枠組みを大きく規定しているのは、やはりもともとはハイデガーであります。しかし主にレーヴィットの批判などを意識しながら、ハイデガーにおいて他者が、存在論的な次元ではともかく(さすがにこのあたりは元ハイデガーの専門家ということもあり、レーヴィットや和辻、レヴィナスよりハイデガーに内在的な理解をお示しになっている)、具体的な関係の次元では背景に退き、また下ってはいわば「存在の牧者」としてのみ他者に尊厳が認められること、こうした観点からその思想の限界を確認します。そこで主に定言命法の第二の方式(目的自体の方式)によりながら、他者を目的自体として、尊厳を有する人格として扱うべきである、とするカントの倫理学説を大きく評価しながら、しかしやはりそこでは理性一般や他者一般として、個々のかけがえのない自己や他者が唯一不二のものと捉えきられていないことを指摘しつつ、なお先へ進みます。そこで到達するのは、例えば「我―汝」のブーバーや、あるいは、私としてはこっちのほうが強いと見たいけど、「世界の意識は、私にとって、汝の意識によって媒介されている」と説くフォイエルバッハの発想に極めて近づく、ともに主体としてある我と汝が行為において向かい合う、そのような人間の、あるいは世界の、そして自己と他者の、原型的な場面であります。このほかにも認識論的観点、価値の問題、学の問題、人間の人間性の問題など、様々な観点から自己と他者の不可分性を確認し、そして問いを相互主体性の場面へと繋げていく、というのが大枠の流れなのですが、うーん、やっぱりこれだけ色々な問題や思想家と取り上げながら、雑然とした印象を読者に与えず、問いがぶれずにひとつの方向に、それも極めて自然な仕方で収斂していくのは、やはり著者の一貫した問いの強度が支えているのだと思います。それだけに、カントだからそれでよし、とならないのは、カントが専門の(つもり)の私からみても、すごくよかった。やっぱりカントの枠組みでは、どうしても掬い取りきれない要素が、宇都宮先生の問いにはあるように思うので、一読者としては、そこで落ち着いていただきたくはないわけです。なんというか、岩田靖夫先生もそうですが、若い頃に実存思想から出発して、その後古いところへ遡った研究者のかたの書くものには、ずっと近代や古代などをやってきた人間にはどうしても出せない、独特の味わいみたいなものがあるように思うのですが(ニーチェとキルケゴールのモノグラフィーから学的生活をスタートした和辻には、なぜかそういうものが感じられず、これはちょっと考えてみるべき問題なのかもしれない)、本書ではそういう古きよき味わいを、思う存分堪能させていただきました。

 とくに注目すべきは、本書に収録されたもののなかでは例外的に発表時期の新しい、二〇〇二年の実存思想協会の講演原稿をもとにした、第一章。これは「哲学とはなにか」という問いを「哲学者とはなにものか」という問いから、主にソクラテスの言動を検討しながら考えていくものですが、問いと探究の構図自体は、およそ三十年前に刊行された『哲学の視座』の第一論文とかなり類似しています。しかしここで真に驚くべきは、両者のあいだの差異。ソクラテスのほかに検討される思想家も、問いのかたち、ベクトル、そして至りつく地点、ともに大きく、それも自然なかたちで変容しているわけです。これだけの大家になられて、しかもカント研究でも大きなお仕事もなされたわけですから、こうした講演では若い頃に書いたものの巻きなおしにしかならないのが、まあふつうだと思うのですが、そうはならないところが、さすがと言うしかない。やはり「哲学とはなにか」、あるいは「哲学者とはなにものか、そしてどうあるべきか」という一貫した問いを考え続け、常に研鑽をおこたらなかった、宇都宮先生の生の軌跡を、この第一章は雄弁に語っているように思われます。それにしても、第一章で真っ先に註で参照されている哲学者が、ローティーって・・・ほんとにこれを読むと、「ローティーだかローティーンだか知りませんけど・・・」などとほざいていた、自らの無知と不勉強に開き直る私の精神の未熟さが、たまらなく恥ずかしい。来年こそ、ローティーも含めてなんでも勉強します。

 展望につながったので、ここで終わらせてもいいのですが、やはりここはもう一冊。

  宇都宮芳明著 『哲学の視座』 弘文堂選書

 上で何度か言及した、宇都宮先生の第一の主著です。「哲学とはいかなる営みか」という問題を、理論と実践、自己と他者、倫理と自由といった観点から、ソクラテスやカント、レーヴィットとにハイデガー、さらにはミードやビンスヴァンガーなどの言説を手がかりに、深く広く検討していきます。続けて人間存在を形作る重要な要素である、時間と価値、そして存在・歴史・信仰の問題をめぐって、それぞれカントの時間論と実践哲学、ハイデガーの存在論・歴史論、そしてヤスパースの信仰論を俎上に乗せていきます。

 この『哲学の視座』、『人間の哲学の再生にむけて』のあとがきで宇都宮先生自らおっしゃっているように、すでに久しく絶版で、古本屋でもあまり見かけないのですよねえ。そしてかくいう私も、実はこれまで自分の論文に関係のありそうなところだけ拾い読みしているにすぎませんでした。そして今回はじめて、あたまから通読してみたのですが、まさに「これは・・・」という感じでした。そう思っている著作はすでにいくもあるのですが(例えば小倉志祥『マックス・ウェーバーにおける科学と倫理』『カントの倫理思想』、熊野純彦『レヴィナス』『戦後思想の一断面』、ハイムゼート『カント哲学の形成と形而上学的基礎』、金子武蔵『ヘーゲルの国家観』、などなど)、これは岩波現代文庫あたりで、なんとか文庫にして流通させてほしいなあ。そうしたら、私がもし大学で哲学なり倫理学なりの授業をすることがあったら、教科書にして使いたい。そのくらいの、力強い思索に下支えされた、魅力的な名著だと私は思います。

 私はこれまでカント論・ハイデガー論・ヤスパース論である後半の二章しか読んでいなかったのですが、本書の魅力はやはり宇都宮先生の思索の向くままに自在に論を展開していく、前半の三つの章、それもとくに第一・第二章だと思います。やはり『判断力批判』の翻訳のあとがきで言及している、「述べて作らず」という意識がどこかに常にあったのか、宇都宮先生のお書きになるものは、個別の哲学者の研究論文になると、どうもその学説の忠実な紹介に留まり、やや大人しい感じをうけるのですが(それでも忠実な紹介になっているのなら論文としてはそれで十分であり、今回読み直してみてカントの時間論に関しても、いろいろと改めて学ぶところがありましたけど)、うーん、前半の三章を読むと、やっぱり宇都宮先生の本質は、哲学研究者であることより、哲学者であるところにあったのかな、という印象を持ちます。
 振り返れば、今年はアカデミズム内部での哲学のあり方について、このブログでのやりとりも含めて、いろいろと考えさせられる機会の多かった一年でありました。これはもちろんアカデミズムの内部に身を置く人間に課せられた課題であり、現状が改善されるべく、微力ながら私も努力していかなければならないと思っています。そうした認識を大前提として、しかし他方では、アカデミズム内部の哲学に不信の目を向けておられるかたがたにも、この一冊を読んでみるくらいの理解のための努力はしていただけると、現在の不毛なすれ違いが少しは改善されるのではないかな、などと愚考しております。そうしていただければ、西洋の学者の学説の輸入と紹介しかできない、単なる「哲学」学者だけでなく(これだって、我が国の学術の発展の観点からすれば、とても大切なお仕事ではあるわけですが)、哲学の根本問題を自ら真摯に問い続けている、ほんとうの「哲学者」が、現在の日本のアカデミズムの内部にも存在していることが、少しは理解していただけるのではないか、なんてえのは、若造の甘い幻想なんでしょうかねえ。

 ともかく、今年はこんなところで、That's all for this year ! です。さて今年も年末恒例の、個人的な重大ニュースで締めくくりを。今年一年、私にとってもっとも嬉しかったニュースは、もちろん言うまでもなく、「浦和レッズ・アジア制覇(ワシントンとネネがいなくなるのは寂しい・・・とか思っていたら、もうエジミウソンの獲得に乗り出しているらしい・・・)」、そして一番哀しかったニュースは、「岡本綾・芸能活動休止(あくまで「引退」でなく、「休止」だと信じたい)」でした。うーん、なんか言っていることが、去年とほとんど変わっていないような・・・いろいろありましたが、この一年で全く何も成長していないようで、私の来年も展望は相当暗いようです。みなさまは素晴らしい年をお迎えくださいませ。この一年お付き合いいただきどうもありがとうございました。それでは、See you next year !!
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